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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

日記でも書くか

このブログが放置されていることに悲しみを覚えはじめていたのでどうでもいい日記でも書くかと思った。

どうでもいいというからにはどうでもいいことを書かなければならないが、なんだろうな。今日は普通に昼間は仕事をして、夜はSFマガジン用の海外SF作品をリストアップして送ってまだ読んでいないもの(月の山脈と世界の終わり これかなりおもしろい。)を粛々と読んでブログの記事を書いた。去年もそうだったが12月と1月はどこの出版社もお休みがあるので出版点数があまり多くない。

本家ニンジャスレイヤーTwitterで連載が終わったばかりの『アンエクスペクテッド・ゲスト』のエピソードがあまりにも傑作だったのでこのブログに単発で記事をかこうかと思って途中まで書いたのだが悩む箇所があって止まってしまった。ニンジャスレイヤーをあまり知らない人も読めるようにあらすじをたらたらと書いていたのだが、登場人物の多くに長い長いこれまでの活躍があり、どこまで説明したものかと考えこんでしまう。だいたいここまで話が進んでいるものを全く読んだことがない人が今更読むだろうか。

ニンジャスレイヤー既読者向けというか、『アンエクスペクテッド・ゲスト』を既に読んだ人向けの内輪感ばりばりの内容のほうがいいのではないかと悩んだ(というよりは、どちらでも別にどうでもいいから止まったのだが。)。まあとりあえず未読者も読め、その上既読者も楽しめるように書くかな。ニンジャスレイヤーはリアルタイムに多くの読者と体験していくのが一つ楽しいのではあるが、そのライブ感を伝えるのはなかなか難しいものがある。こうして書いてみるとひとつの記事を書くのにけっこう読者のことを考えて悩んでいるようにもみえるが、実際問題そんなに考えては居ない。ほとんど条件反射みたいなもので、あえて言語化するならこういうことになるのかなという感じだ。正直、どの文章であれ誰にも読まれなくてもいいと思っているので、究極的には何もかもどうでもいいのである。

明日(というか今日)はまた読んでいない海外SFを読んで文章を書いてワインでも飲みながらFateの一挙放送でも見ようかしらん。人間の幸福の形はひとつではありえないが、多くの人間にとって受け入れられるであろう幸福のひとつとして「めざましなしですきなだけ眠ることができる」は挙げて良いのではないだろうか。めざましは(というよりは強制的な起床は)不快なものだ。