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基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

カクヨムというサイトへの雑感

カクヨムというサイト自体への感想。

全体的にけっこう洗練されているように見える。その狭い画面でなんとかして情報を伝えなければいけないという制約からウェブサイトが宿命的に使わざるを得ないランキングという仕組みを、なんとか散らかすように小説のジャンル毎ランキングを設定。これまた限られた画面という制約と、イラストや画像を使えない(ほとんどの作者)がピックアップしてもらう手段として「タイトル」と「キャッチコピー」をほぼ必ず並置するのもまあそうするしかないよねというかんじだ。

レビュー時にキャッチコピー相当の文言を必ず要求するのはレビュー側の負荷になってレビュー数が減少する危険性もあるけど、これはまあ仕方ないね、なのかな。小説家になろうの方は素人臭い画面に、無骨な配置ながらも長い間運営しているだけあって必要な機能は一通り揃っててシンプルでかなり使いやすいのと対比すると、見やすくて綺麗だけど機能としては「ああ、あれがないの」「これもないの!」というところはちょっとあれだけど、これはそのうち増えていくのだろう。

現状の問題があるとすれば作品が多すぎて読むのをランダムピックアップから決めるのは負荷が高すぎることとかだけど、まあそれも今だけの問題でしょう。飯田一史さんの『ウェブ小説の衝撃』の中で、既存の出版社がウェブ小説投稿サイトを運営できない理由として主に1.意思決定やプロダクト提供に関する考え方の違い 2.エンジニアを採用できない、人事制度上の問題 3.新規事業をしてこなかったツケ とあげていて、それぞれもっともなんだけど今回はKADOKAWAは自前でエンジニア雇ってるんじゃなくてはてなを開発として使ってるんだよね。これで2は完全にクリアしてるし、1、3はまあでもカクヨムを見る限りではクリアできているといっていいんじゃないのかなあ。

ゲームの世界で伸びているのが「基本無料」で適宜運営をしていくうちに新規ユニットや新しいアイテム、システムに金を払ってもらうソーシャルゲー的な仕組みなのは明らかだけど、ウェブ小説はある意味ではこの流れに載っているものだ。「基本無料」で、人気が出たものについては本という形やあるいはゲームのような形になってパッケージングされ金が回収される。そのパッケージング版が基本的には「完全版」ということになり、コレクション浴や追加コンテンツを目当てに買う動機も一応は確保される。

ソーシャルゲーム型と違って「いくらでも金を注ぎ込める」モデルに落とし込めない点が弱いが、この流れはしばらくは覆らないだろうと言う気がする。娯楽が増えすぎて「何を選んだら良いのかわからない問題」があるとはずっと言われてきたわけだけれども、無料ならまず「金を払ってまで」の前段階で娯楽の対象に選ばれる可能性が上がるから集客して金を払わせるモデルとして非常に優れている。アニメも同じでしょと思うけれど、儲けの手段がパッケージだけではなくけっこう広いのと、「人気」が可視化されてからマネタイズに移行するわけではないところがソーシャルゲーム型とウェブ小説型と異なる部分か。

ウェブ小説系は「人気」が可視化されたものをパッケージにすればいい=人気があるのは確定している というのが強い。なろうの場合はそれがいきすぎて、もはやちょっとでも人気が出るとあっという間に声がかかってしまって編集者がいかに人気が出る前の作品に目をつけるかの世界になってしまっているようだが、カクヨムの場合はガイドラインの中に「他社編集から声がかかった場合は我々に一報を」が入っているから(こんなんが許されるのかって感じもあるけど、あくまでもガイドラインの中の一節で規約とは隔離されているので実質「お願い」相当なのかな)ある程度の防波堤になりはするだろう。

作品傾向とかはどうなんだろうな? カクヨムとなろうでユーザー層(書き手も読み手も)はかなりかぶっているようにも見えるが、なろうには参入していなかった人が幾人かはじめているのをみたし正式にKADOKAWAが立ち上げたこともあって層は広くなっているのかもしれない。キャッチコピーが必ずつくこともあって「タイトルで全てを説明しなければならない」という傾向は抑制され少しシンプルな作品名が増えるかもしれないな、とかはいえるか。ジャンルごとランキングが設定されていることでジャンルに先鋭化された作品がきちんと書かれ、適切に評価される土壌となれば読み手としてもうれしいところである。

とりあえずいくつか読んだ中では意外性もなにもないけど評価も1,2を争うレベルでされていると思う『横浜駅SF』は与太話度が高くておもしろかった。馬鹿話にそれっぽい理屈を与えていく過程、あるいは理屈から馬鹿話が生成されていく過程そのものがおもしろいという意味では円城塔的ともいえるだろう。なかなかおもしろい。
kakuyomu.jp