基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

だらだら

締め切りをひとつ終えほっと一息ついてこれでようやく自由に文章が書けるなと思うなど(ついさっきまで書いてたのに)。ブログのいいところはつまらない、ゴミのような文章を書いたところで別になんともならないところだが、やはり何らかの意味で成長を求めるのならば「良いものを書かなければならない」というプレッシャがかかるところに飛び込んでいったほうが良いのだろう。いまHONZで学生メンバーを募集しているから大学生の方は募集してみたらいかがか(ってこんなところに書いたってしょうがないんだが)

自由に、とはいってもブログに書かれる文章も完全なフリーではない。炎上したら嫌だなとか外的な要因によって書かれる内容は多少の不自由を伴うだろう。だがまあ、そうはいっても、である。そもそも文章などというものは元来自分の考えや概念を説明するには不自由極まりないものなので、本当の自由なんてものはどこにも存在しないと思えば自由度なんてものはもっぱら相対的にとらえたほうがわかりやすいであろう。

文章力というのは僕はもっぱら文章における「自由さ」に比重を置いているように思う。それは先に書いたような炎上を恐れない、というものではなく、「自分の考えや概念を説明するのに不自由極まりない言葉」でいかにして自由にふるまってみせるのか、といった面である。僕の好きな文章家、筒井康隆や円城塔、町田康に村上春樹といった面々の文章はみなそれぞれの流儀で自由である。いったい文章はどこまで自由になれるのか──(読んだだけで人間をあらゆる状態に偏移させられる文章ができたらそこが終わりかもしれない)