読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

基本ライトノベル

ライトノベルについて書くブログだったはずだけど日記のブログだよ

逃げたっていいとはいうものの

過労死自殺などが問題に上がるときまって「逃げたっていいんだ」という話があがるが、まあまあなかなか難しいものだよなあと思う。なぜなら逃げたっていいと言われても逃げられないからそういう状況に陥っているわけで、なぜ逃げられないのかと言えばその個人における責任感とか思想とか思い込みとか金銭的な事情とか「もう少ししたら事態が好転するかも」という期待とかそもそも逃げる際に発生する「心理的な負担」に耐えられないとかいろんな物事がバランスしてのことだ。

東大を出て電通、というようなエリート道だともはやそれ以外の道がみえなくなってしまうことだってあるし、たとえば付き合っているとてもすきな相手が「真っ当にバリバリと働いしている人間でないと嫌だ」と思っているパターンだってあるし、ようは逃げられない理由なんか10でも20でもあるわけである(話題になっていた人がどんなパーソナリティなのか僕はまったくしらないから一般論として)。いま逃げられない人間にとって必要なのは「逃げたっていいんだ」という薄ぼんやりとした言葉ではなく、自分が逃げられない要因(会社なり学校なりいじめっこなり)を強制的に排除してくれる外力であり、自分が強制的に隔離されるなどの「個人がどうこうするのではなく外的な力によって状況が一変しうる力」であることが多いんじゃないだろうか。

そうした強制的な力に頼ることがでいないのであれば、次に必要なのは個人個人が持っているであろう「逃げられないと思っている理由」を個別具体的なケースごと、一個一個丁寧に解きほぐしていくことだ。こういっちゃあなんだけど「逃げたっていいんだ」というのは禁煙できない人に向かって吸わなければいいんだと言っているようなもんで、意味が無いというか、ただただきれいなだけの、言った側が何かいいことをいった気分になるだけの「気持ちの良い言葉」でしかないように思う。別に言った当人が気持ちよくなれるんだったらそれは世の中的にいって幸せが増えているわけだから、言うなともいわないけれども。