基本雑記

日記ブログ

目標はあらかた達成してしまった

最近、学生時代に思い描いていた目標はあらかた達成してしまったなと思った。好きなだけ本とゲームが買えるだけの収入があるし、嫌になったらすぐに仕事を変えることのできる技術力があるし、だいたい好きな場所で働けるし、時間もけっこうあって、好きなようにブログが書ける環境がある。そのあたりを大学生ぐらいの頃は目標としていたわけだが、全部叶ってしまった。もちろん凄まじいスペックのパソコンがいくらでもほしいし、家は広ければ広ければいいので物欲的な意味では欲しいものがたくさんあるわけだが、そういうのはなんというのかな、今あるものを膨らませていく方面での目標なので、現状が特にダメというわけでもない。

そうすると、なにか次の10年、20年、30年ぐらいの目標でも考えようかなあという気分になってくるが、何をやってもいいかわりに特に何かを特別やるという気概も湧いてこないのでぼんやりしている。別に10年頑張ればそこそこ何でも楽しいだろうとおもうのでなんでもやれるとおもうのだが、特段その中から一つを選ぶような動機が湧いてこない。先日飲み会で40ぐらいの人と話していて似たようなことを言っていてウームなるほどな、僕もずっとこうやって10年20年といった月日が経っていくのかもしれないなと思ってしまったのはある。

達成してきたことの重みが歩みを引きずっていくところもあるのだろう。たとえばブログなり書き物仕事なりをぱっとやめてしまう。プログラマとしての仕事をぱっとやめてプログラミングを全部忘れて生きていく。そういうことができれば空っぽになってぜんぜん別のことをやるしかないわけだが、うーん、せっかく今までやってきたんだから、ここまでせっせと積み重ねてきたものがあるんだから、これはこの先も発展させていかなきゃ勿体無いでしょ、という気持ちが凄く強く湧いてくる。勿体無いのは確かだが、でもそうやって勿体無い勿体無いと前やったことをやっているとようはそれだけ別のこと、新しいことをやる時間は減るわけなのであって、これが長いあいだ続いていってしまうとそれはやはりマンネリに繋がるのだろうな。

ぱっと思いつくのは、やはりこれまでやってきたことの「発展」をもっといろんな方向にふっていく、変えていく、どんどんおもしろいほうこうに持っていくといったところだろう。実際、プログラムしていると今もすごく楽しいし、新しい技術を学んでアレを作ってみようかこれを作ってみようかとやっていくのもいい。文章を書くのもまったく飽きたという感じはしない。ただ、その軸をちょっとずつズラしていく、というのはひとつの手なのかもしれない。たとえばだが、書評を文章で書くんじゃなくてイラストで書く。あるいは書評を曲にしてみる。意味がわからんが、そうなったらこれまでやってきたことと新しい領域が重なり合っていく。

そういう「発展」の方向を模索してみるべきなのかもしれない。達成してきたことの重みを引きずりつつ、ちょっと別の角度へ向けて歩いていく、といった感じか。