基本雑記

日記ブログ

暇つぶしのために本を読む

07/14。おぞましいほどの晴れ。気温が高くちょっと食事をとるために外に出るとゾンビのように動き回る人間が大勢いる。長袖長ズボンの制服を着て自転車で荷物を運んでいるヤマトの人やら佐川の人らも、完全に顔が死んでるもんな。配達の仕事ってやってみたい気持ちもあるんだけど夏は無理だよなあ。とかそんなことを考えながら冷房のきいた部屋で『歴史は実験できるのか』で記事を書く。なんかぜんぜんうまいこと書けなかったな。もっとちゃんと解説したかったんだけれども……。

そういえば07/13に会社の昼休みを使って髪を切りに床屋に行ったのだが昼間はまるっきり客がこないので商売あがったりだと嘆いていた。それだけならいいのだがさも観ていて当然だとばかりに延々とサッカー・ワールドカップの話をふってきて(知ったかぶりをして合わせた)、それだけならまだしも「話は変わるんだけどオールスター戦の〜」と野球の話をシームレスに続けてきたので仰天してしまった。ワールドカップの話をふるのはまだわかるけど野球の話を全人類が知っている前提で話しかけてくるのはおかしくない?? 最初オールスター戦が野球の話であることすらわからなかったがなんか適当に話を合わせて帰った。よく嫌われる床屋の雑談だが僕は別にあんまり気にならない(適当に相槌を打つ)のでどうでもいいのだが。

午後はパスポート取得のため実家に移動し道中で小林泰三『パラレルワールド』を読む。小林泰三の能力バトル物シリーズ(僕が勝手に名付けた)の一冊でズレた二つの世界を認識する少年+両親と、ズレた二つの世界を認識する力を悪用して殺し屋になった男の対決を描く作品で、たいそうおもしろい。たいそうおもしろいんだけどなんでそんな設定・描写になったんだ?? と思うところもあり、大きなギミックの一つにまるで納得がいかないんだよな。おもしろいのは確か。記事を書くかどうかは気分次第。実家についてからはせっかく3連休だし重めの本でも読むかとみすず書房の『「蓋然性」の探求 古代の推論術から確率論の誕生まで』を読み始まる。これはまー鉄板でおもしろいですね。『「蓋然性こそは人生の指針である」』

僕はなぜ本を読むのかと聞かれればそれは暇つぶしですと答えるのだけれども、単純に全部が全部暇をつぶすためだけに読んでいるわけでもない。もちろん本を読んでいると暇が潰れるのでそのために読んでいるのだが、同時に新しい知識を入れて自分を作り変えていくことで考えられることの幅も広がるし、これまでこうだと考えていたものも変わってくるし、新しい技術について知れば今までできなかったこともできるようになる。なので、本を読むことで単純に読んでいる間の暇が潰せるというだけでなく本を読んでいない間も暇を潰せるようになると考えている。

人間、自分という存在と一生付き合っていかないといけないわけだけれども、その「自分」というものにずっと変化がないのだれば付き合うのも飽きてしまうだろう。どんどん「自分」が違う人間になっていくのであれば、新しい反応をみることもできるし、これまでと同じ刺激に接しても違う応答を返すかもしれないし、そうすれば自分で自分に驚くこともできるし、飽きづらくなる。だからたとえそれに意味があろうがなかろうが常に新しいことをやりたいよなあと思うのであった。なかなかそうもいかないことばかりだが。